【新しい働き方はどのように生まれた?】第19回:高齢化社会における働き方

ストーリー
2017年08月01日

第17回の記事では、人口問題に関連させて高齢化が社会に与える影響について触れ、今後働き方がどのような方向になっていくのかを考えました。そこで今回は、「高齢者(特定の年齢を指すのではなく、その時代における高齢者)」自身が、明治から現代にいたるまでの過程で、どのような形で働いてきたのかを見ることにより、高齢化社会での生き方、働き方を模索してみたいと思います。


明治から昭和中期までは、人生50年

江戸末期から明治時代に活躍した著名人の享年を拾ってみると、勝海舟(かつかいしゅう)76歳、三条実美(さんじょうさねとみ)55歳、木戸孝允(きどたかよし)44歳、大久保利通(おおくぼとしみち)48歳、岩倉具視(いわくらともみ)58歳、後藤象二郎(ごとうしょうじろう)59歳、高杉晋作(たかすぎしんさく)28歳、小栗忠順(おぐりただまさ)42歳で、平均値を取ると、51.3歳になります。(坂本龍馬などの殺害された著名人はあえて入れませんでした。)


つまり「人生50年」ということになりますが、統計上でも、明治、大正、昭和の中ごろまでの日本人の平均寿命は同様に50歳前後になっています。つまり江戸から昭和中期にかけての寿命は、今の約半分の長さしかなかったということになります。


人生50年だったらどう生きる?

では、もしあなたの人生が50年しかなかったら、どうのように生きると思いますか。一般の庶民だったら、早く結婚し、早く子供を設け、「歳を取る」までに産んだ子供を一人前に育て上げたいと思うことでしょう。そして気が付いたらもう50近くになっていたということになるかもしれません。たぶん余暇に費やする時間はほとんどなく、ただ働いて生活するだけで終わってしまうかもしれませんね。


それほど短い人生が、江戸や明治だけでなく、なんと第2次世界大戦が終わるころまで続いていたというのは驚きです。ですから、現代のように長寿を謳歌できているのは、日本の歴史が始まってからたったの70年だけなのです。今の私たちが、どれほど良い時代に生きているかがわかります。と同時に、50年という短い人生でも、偉業を成し遂げた人もいるわけで、そうした歴史上の著名人の生き方(=働き方)には、感銘せずにはいられません。一分たりとも無駄にせず生きたのだと思います。


ぐんぐんと寿命の延びた高度経済成長時代

寿命推移の統計をみると、日本人の寿命が延び出したのは戦後1950年あたりで、ちょうど高度経済成長が始まったころからです。その頃から日本人の寿命は急激な右肩上がりで伸び初め、1985年には男女とも世界一になりました。それ以降は、1位~3位の間で上下することはあっても30年以上、上位を保っているのです。


このように寿命が延びた要因は、戦争がなくなり平和になったことと、食生活と医療が向上したことだと考えられていますが、総務省統計局の2012年及び2013年のデータによると1985年(昭和60年)の65歳以上の高齢者の総人口に対する割合は、まだ10.3%と低いのがわかります。高齢者ケアも家庭内で行われるのが一般的で、老人ホームはある意味、見放された老人が行くところだと考えられていました。


長寿が持つもう一つの側面

平成に入り、更に寿命は延びます。2016年に世界保健機関(WHO)が発表したデータによると、日本人の男女の平均寿命は83.7歳でトップになっています。65歳以上人口が総合人口に占める割合も、27.3%と高くなっています。日本人は世界一健康な国民と考えられていますが、その一方で、長く生きる分をどのように健康に過ごすか、また高齢者ケアの費用をどのように負担していくのかが心配されています。


高齢者ケアについては、第17回の記事の中で、将来AI化する可能性があることに触れました。ただ、AI化に頼ることは最後の手段であり、なるべく頼らなくてもいいように、若いうちから準備をしておくことが必要でしょう。また、現在20代の人は100歳まで生きられるようになると言われています。定年退職後から約40年近くもあるわけですから、この40年間をいかに元気にしかも経済的な心配なく生きるかということが高齢化社会の一番の課題になると思います。


高齢者が元気な社会こそ理想の社会

上述のように、高齢化社会にはまだまだ問題が山積みです。では高齢になることは悪いことなのでしょうか。もし悪いことだとしたら、私たちは江戸時代のような「姥捨山」の風習を復活させなければいけません。ある一定の年齢がきたら、老人を見捨てる風習です。
若いうちは、定年後のことなどはピンと来ないかもしれませんし、ましてや高齢になったときのことなど想像できないかもしれません。でも、「老い」は誰にでもやって来ます。そのことを若いうちから考えておけば、「姥捨社会」が他人事ではなくなるはずです。


では、社会が「姥捨社会」だとしたら、あなたはそんな社会で希望を持って生きていけると思いますか。生きる気力が湧いてきますか。
反対に、老後の心配がない、いつまでも長寿を楽しめる、そんな社会だったらどうでしょう。若いころ少し苦しくてもがんばろうという気持ちにはならないでしょうか。理想の社会は、誰しもが元気で希望に満ちた社会ですが、とくに最も傷つきやすい高齢者が元気な社会こそ理想的な社会だと言えるのではないでしょうか。


医療・社会によるケアだけでは元気になれない

高齢者が元気になるには、高齢者ケアのための良いシステムが必要です。将来はAIを活用した介護も生まれてくるでしょう。でもそれだけでは高齢者は元気にはなれません。高齢者自身が元気になろうと努力しなければ元気になれないのです。


今年の9月で103歳になる笹本恒子さんは、日本初の女性写真報道家ですが、97歳でも現役で写真を撮っており、吉川英治文化賞と日本写真協会賞功労賞を受賞し、98歳でパリに出かけ取材もしています。そして100歳まで一人暮らしと驚くような元気ぶりです。


若いうちからライフプランを立てよう

もちろん、持って生まれた身体の丈夫さや元気さもあるかもしれませんし、誰でもが笹本さんのように生きることはできないかもしれませんが、とにかく、高齢になっても元気に活発に生きることが元気な高齢者につながる秘訣だと思います。けれども、元気になることは、高齢者になったからと言って急にできるものではありません。


高齢化社会では、若い時からライフプランを立て、人生を楽しみながらも、しっかりした健康管理と財政管理を怠らず老後に備える、という生き方・働き方が求められているのです。


記事制作/setsukotruong


ビジネスノマドジャーナル編集部
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