【地方創生・小豆島】島のモデルは「いかに関係性を良くして参加者を増やすか」。都会と田舎の関係性を創る事に挑戦する株式会社アスノオト代表・信岡良亮さん(後編)

ノマドのキャリア
2017年01月03日

小豆島(しょうどしま)は瀬戸内海に浮かぶ離島。人口約29000人、面積約150k㎡。瀬戸内海では淡路島に次いで2番目の大きさだ。オリーブ・醤油・そうめん・佃煮・ごま油などの生産が盛んで日本有数の名産地となっているほか、小説「二十四の瞳」の島としても知られる。近年、若者・子育て世代を中心に移住者が増加。瀬戸内国際芸術祭が開催されたり、小豆島高校野球部が甲子園出場を果たしたりと明るいニュースが多い。


首都圏への人口・商業施設の集中から脱却を図る「地方創生」が叫ばれる中、人気のある離島ではどのような地域づくりが行われているのだろうか?そこで、小豆島へ5年前に移住した筆者が、小豆島で活躍する企業・事業・人について取材・発信していく。


第5回は、小豆島よりも小さな島・島根県隠岐諸島の海士町で株式会社巡の環(めぐりのわ)を仲間とともに創業し、現在、東京で都会と田舎をつなぐ事業を展開される株式会社アスノオト代表・信岡良亮さんのセミナーを取材しました。
町の人たちや行政など、周囲の人々を巻き込んで、島での事業をどんどん広げていった信岡さん。後編では、さまざまな事業を行う中で思い至った、島でのビジネスモデルについてのお話を中心にお伝えします。


いかに関係性を創り、参画者を増やすか

町作りで行うことは「①買ってもらう②来てもらう③住んでもらう」だけだと思っていたのですが、途中から思考が広がっていって、このモデルに限界があるのではと感じ始めました。あちこちで特産品の開発をしていて、下手をすると「隣島の海のほうが、うちの海よりも汚い」みたいな、そんな変わらない事をやっているんです。そんな中、3・11で「海士WEBデパート」のお米が完売しました。20人が年間契約したら売り切れるレベルのサイズなのですが、放射能の問題で当時、西のお米がよく売れたんです。


しかし全然喜べなくて、「①買ってもらう②来てもらう③住んでもらう」は、結局パイの奪い合いだと思いました。都会に向けた田舎的な価値を、いかにうちの田舎のほうが優れているかを争っているだけで、これは都会が持っている思考です。競争に勝って自分たちの優秀さをアピールするというのは都会側のモデルなんです。


そうでなくて、島側のモデルは、「いかに関係性を良くしていって、沢山の人が参加できるか」というモデルです。売上を上げなくてもコストを下げることで可処分所得は上げられるし、お店から買うのではなく、好きな人からもらったほうが幸せ度は上がりますよね。
物々交換は物の価値よりも心の価値の交換で、農家の手伝いに行くとよくわかりますが、3時間位手伝って玉ねぎを5~6個もらうと「こんなに貰っていいんですか?」となる。でも時給換算するとめちゃくちゃ低いんです。でも、心の対価で行ったらそれで成り立つんですね。流通経路が複雑化すると、どんどん心の価値が下がっていって、物の価値だけが残っていきます。そうではなく、その人とコミュニケーションを月に1回取るためのツールとして、毎月1回米が届くと。関係性を築くためのきっかけとして物がある。物は付属品として考えています。


また観光や交流というのも、結局は人に会いに来てもらうのが一番と思っていて、友達が3人くらいできるとまた会いたくなるんですね。島に来て友達が1人しかできないとなかなか次また来たいと思わないですが、友達が3人できて、関係性を豊かにしていくと、また来たいとなります。僕らと都市側とがつながる時に、島側に3人友達がいれば、点と点ではなく、面と面でつながることができる。そうすれば、誰かが「この前また小豆島行ってきたよ」と言ったときに「また行きたいね」となります。そうしたときに関係性が豊かになる。それは意識しています。


交流事業のゴールは、担当の方の人間的な魅力が上がること。そうするとその人たちにつられて人が集まってきます。人数的なものをゴールに置いては意味がないと思っています。うちの方が条件良いですと移住者を集めると、ほかにいい条件が出てきたときにまたどこかに行ってしまいます。


町作りでは土づくりの潜伏期間があります。そこに20年かかる。現代はメディアの影響で、一気に伸びて一気に終わる地域が見ていて多いですね。海士はその20年を今までで創ってくれていて、成長期の5年で僕らが来てはまったというのはあるかなと思います。


島の大学創りは実現に向け動き出している。

目標として掲げている「島に大学を創りたい」という話は、実現に向けいくつか話があります。

隠岐の島には人が住む島が4つありますが、3つの小さな島の島前という地区と、大きな1つの島の島後という地区とに分かれていて、海士町に島前地区の高校が1つあります。そこが高校魅力化プロジェクトを始めたんです。結果、戦後はじめて、クラス数が増え、島外からの受験者の倍率が2倍になっていて、いくかの大学から海士町に対して、そういう流れで提携したいと言ってきてくれています。


それからオンライン大学の存在。世界中どこにいても学び続けることができるオンラインの大学の仕組みをうまく活用すれば、島でローカルな経験値を得つつ、グローバルな知識はオンラインで、ということが出来るのでと考えていて、海士町にビジネス・ブレークスルー大学の寮を作れないかと話し始めています。
妄想はさらに広がって、今、地域共創カレッジという地域活性の先端地域(岡山県西粟倉村・徳島県神山町・上勝町・島根県海士町・宮城県女川町)と連携して、都会と田舎をつなげることをしているのですが、各地域が提携して大学の寮を作れば、1年ずつ4つの地域を見て学んで4年で卒業という大学が創れないかなと。最終的にはそれぞれ各地域でコンテンツを作れればと考えています。


「Follow me」ではなく「Help me」

大事にしていることは、「Follow me」ではなく「Help me」。「僕らと一緒にやればいいことがたくさんあるので付いてきて」では人は付いてきてくれません。「こういう事をやりたいのだけれど、こういう事で困っているので助けてください」と言ったら、助けてくれるし動いてくれる。


僕は2014年に島から出ることを決めて、都会と田舎の関係性を創っていこうと決めました。海士町長に報告しに行ったら「本当に今までありがとう」と言ってくれた。
散々目にかけてくれて、育ててくれたから、正直何て言われるか不安だったのですが「困っていた自分を今まで助けてくれてありがとう」という状態を作ってくれて、僕らに居場所を与えてくれた。人は支える側にいるほうが心地良いです。町長という立場なのにまったく若者を支援しているという感覚でなく、支えてもらっているという感覚でいてくれる。こういうお互い、おかげ様で生きていることが関係性を創っていく上で大事な事だと感じています。


―小豆島に住み始めて間もない頃、「僕らは島で、未来を見ることにした」という巡の環の3名の共著の書籍を読んで、すっかりファンになった。たまたま今春、会社を退社し独立することとなったので、とりあえず武器を増やそうと、話にも出てきたBBT(ビジネス・ブレークスルー)大学に編入した。3児の母であり離島在住の私が勉強できる場所と言えば時間的にも地理的にもオンラインしか無かったが、そこでたまたま信岡先生を見つけた時には大興奮した。


今回、BBT大学学生有志と、小豆島よそ者・若者・ばか者会がコラボしてセミナーをすることとなり、大変素晴らしいお話を伺う事ができた。来春、私は小豆島で「しまの塾」という育成の場を立ち上げたいと思っている。小豆島にも長い歴史の中で育まれた素晴らしき文化や伝統があり、そこにある人間の知恵は、他には代えがたき島の宝だ。小豆島とは別の隠岐島で活躍された信岡さんだが、地域が抱える課題として似たものがあり、小豆島にとっても有意義な時間となった。


取材・撮影/城石果純


【専門家】城石 果純
早稲田大学人間科学部卒業後、株式会社リクルートに入社。
入社2年目に第1子を出産した事で、時間あたり生産性の概念に興味を持つ。
第2子出産時に小豆島に移住。それ以後、時間と場所に制約を抱えながら
MVP・通期表彰などの事業表彰を獲得し続けた事で、
リクルートグループがリモートワークに取り組むきっかけを作った。
現在は、「地域と組織のサポーター」としてフリーランスで活動。小豆島在住の3児の母。
地域の良いものを掘り起こしてコーディネートする事と「ひとのチカラ」を活かす事を大切にしている。

ビジネスノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスX-bookを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。
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