アスリートから実業家へ。日本初のプロ卓球選手が見つめる未来像。 ヤマト卓球社長 松下浩二氏(前編)

経営者インタビュー
2016年12月05日

今夏、メダルラッシュに沸いたリオデジャネイロオリンピック。そのなかで、卓球競技では、男子団体が銀メダル、男子個人で水谷隼選手、女子団体がそれぞれ銅メダルを獲得する快挙を成し遂げました。今回、活躍した選手達は、水谷選手をはじめ、海外のリーグで活躍する"プロ選手"がほとんどです。しかし、23年ほど前、一人のプロ卓球選手が誕生するまで、日本卓球界にはただの一人も"プロ選手"は存在しませんでした。


その日本初のプロ卓球選手こそが、今回お話を聞かせていただいた、松下浩二氏です。世界選手権での活躍、バルセロナ、シドニー、アトランタオリンピックへの出場と長く日本のトップ選手として活躍した実績、プロの卓球選手という環境を作った先駆者としての存在は、現在の日本卓球の礎ともいえるかもしれません。


そして、松下氏は現在、ヤマト卓球株式会社の代表取締役として、経営者として辣腕を揮っています。アスリートのセカンドキャリアを切り拓いているようにも見える松下氏に、選手時代のこと、そして引退から現在にいたるまでの考えをお伺いしました。


卓球なら、勝っても負けても自分の責任だ。そこが合っていた。

Q:今夏のリオデジャネイロオリンピック、日本卓球選手達の活躍は目を見はるものがありました。その先駆者として、松下さんたちの活躍があり、また「プロ卓球選手という職業」があるということが大きいように感じます。
日本初のプロ選手だった松下さんは、なぜ、だれもなろうとしなかったプロ選手になられたのでしょう?

松下 浩二氏(以下、松下):

昔話から始めると、そもそも卓球との出会いは小学3年生だったと思います。5歳年上の兄が卓球をしていて、その練習場について行っていた。兄の練習が終わるのを待つ間、双子の弟と一緒に父と打つようになったんです。きっと向いていたんでしょう。2年も経つと中学生とやっても負けないようになっていました。野球や剣道、水泳もやっていましたが、子ども心に卓球が向いていると自覚していました。また、当時の日本卓球は世界選手権でも強かった。世界チャンピオンになりたいとも思っていましたね。


Q:ほかにもいろいろなスポーツをされていたんですね。そこで卓球が自分に合っていると感じたのはどの様なところだったのでしょう?

松下:

勝っても負けても自分一人の責任だということですね。例えば野球だと、どんなにすごい選手がいてもチームスポーツだから負けることもあります。それがいいところでもあるのですが、僕は嫌だったんです。


卓球は「いい企業に入るための手段」、そして社長を目指した。

Q:なるほど。では、改めて、プロ選手というキャリアを選んだ理由を教えていただけますか。松下さんはインターハイでも活躍され、大学時代にも海外のリーグにも留学されるなど、日本のトップ選手になられていました。大学を卒業して、最初は企業チームにも入られています。

松下:

大学時代に選手としての自分に疑問を持っていたんです。ある意味、卓球に対して醒めていたところもありました。簡単に言うと、このまま卓球選手を続けていって、将来、なんになるんだろう? 卓球選手として一生食べていけるわけでもない。それなのに、どうして卓球をやるんだろう?と。結局、自分がやりたいだけの自己満足なんじゃないかと感じていたんです。


子どもの頃から卓球が大好きで楽しんでやって来ていたので、日本チャンピオンだ、世界選手権代表だと、名誉はあります。でも、生活はできない。僕には双子の弟もいて、二人とも同時に明治大学の卓球部に進学しています。経済的に両親が苦労しているのもわかっていて、やはりお金がないと駄目だという思いも持っていました。


Q:確かに、普通の人はオリンピックで活躍する選手達の「収入源」はあまり意識しませんが、とても重要なことですね。

松下:

そこまで醒めた目で卓球を見詰めたときに、「どうして卓球をするのか」という疑問の答えとして「いい企業にはいるための手段」だと思えたんです。卓球で良い成績を残せたら、いい企業の実業団チームに入ることができる。その会社に入ったら、しばらく選手をやって、引退してサラリーマンとして働こう。そして社長になってやろうと思いました。


Q:普通の大学生が成績を上げて、あるいは資格を取ったりして、いい企業に入ろうとする、その手段として卓球を捉えたのですね。

松下:

そのおかげか、大学卒業後、協和発酵という歴史も実績もある素晴らしい企業の実業団チームに入ることができました。当然、いつか社長になってやろうと思っていたのですが、半年ほど経って気が付いてしまったんです、同期の社員達の優秀さに。
大企業で有名企業でもあり、六大学以上のクラスの卒業生がゴロゴロしている。みんなとても優秀で、レベルが違いすぎる。これは社長どころか課長にもなれないかもしれないと思い、チームの先輩達のことを調べてみたんです。


そこで、茫然としました。引退後に退社して指導者になっている方もいるのですが、大半は社に残っています。そして、誰一人、管理職になっていない。酷いとは思いませんでした。同期の優秀さを見ていましたし、私達が卓球をしている間、彼らはどんどん社会人として経験を積み、スキルアップしている。引退するころ、私達は30代くらいでしょう。同期は仕事で10年先を進んでいる。そこからどれだけ全力で仕事をしても、追いつくのは到底、無理なんですよね。


引退後のキャリアで、出世する可能性が限りなく低いという現実

Q:そこで社長になるのは諦めたのですね。

松下:

会社の中に居続けたら、社長どころか、管理職もおぼつか無い。安定して給料をもらえる、生活もできるという点では、とてもありがたいことだし、選手の引退後の生活として十分な選択肢の一つだとは思います。でも、僕はそれが嫌だった。


そこで、僕に何ができるのだろうと考えたら、卓球しかないんです。卓球だったら日本のトップになれる。そこで、引退後に卓球メーカーに入社することや、指導者になったり、卓球協会の職員になることもイメージしてみました。でも、それはそれで"先が見えている"。いずれにせよ、実業団チームにいても、引退したら辞めるんだろう。だったら、プロになればいいじゃないか。どうせ辞めるのなら、早いか遅いかの違いでノーリスクだと思ったんです。


Q:前例が無い話ですし、周囲は反対したのではないでしょうか?

松下:

「キミはバカだね」と周囲からいわれました。95%は反対していましたね。会社にいれば一生食べていけるのに、と。でも、プロ卓球選手になれば、それは「日本初のプロ卓球選手」なんです。ナンバーワンだ。これは歴史に残る。男としてやりがいがある。プロとして本気で卓球に取り組んでやろう、と思いました。


プロになったから見えたこと。そしてプロリーグ設立という夢の誕生。

Q:日本には、プロ卓球選手が存在しなかったのですから、松下さんが「プロという選択」をする背景が見えにくいのですが。

松下:

大学時代に、スウェーデンのプロリーグに留学したことがあるんです。そこのトップ選手はラケット一本に命をかけてプレイしている。当然、結果が出ればいい生活をしているんです。それに比べて、自分は中途半端だと感じるところがありました。全部をかけて卓球をやっていない。プロになって、全てを卓球にぶつける環境に身を置きたいと感じたんです。


Q:プロ選手になられた後、オリンピック四大会出場など、華々しい活躍をされました。
一方で、チーム松下を起ち上げて、後進の選手達のサポートを事業として展開されています。これは引退後を考えられた、今の実業家としての松下さんに繋がる行動にも見えます。

松下:

チーム松下を作った頃はあまりそういうことは意識していませんでしたね。30代でドイツのプロリーグ・ブンデスリーガに参戦して、その後も海外のプロリーグを経験しましたが、そのなかでスポンサーとの契約がわずらわしいなと感じていたんです。その調整が大変で卓球に集中できない。
だったら、そういったことを引きうけるマネジメント会社があればいい。ちょうど後輩達が強くなってきていて、海外で活躍する選手も増えてきた頃だったので、だったら、そういった雑事から解放してあげたいと思ったんです。


Q:正式に引退されたのは何年になるのでしょう?

松下:

2009年の全日本選手権の後です。実は2007年までの19年間、全日本選手権で個人戦ベスト16を維持し続けていたのですが、それが途切れてしまった。明らかに選手としては限界だと感じたんです。思うところはありましたが、チームマツシタもある。そして、"日本に卓球のプロリーグを作る"という大きな目標ができていました。やるべきことはたくさんあると思いましたね。


―なるほど。引退してのんびりとするわけではないと。では、次回は引退後の活動、そしてそこで感じられていることをお伺いしたいと思います。


(後編へ続く)


取材・記事作成/里田 実彦
撮影/宮本 雪


専門家:里田 実彦
関西学院大学社会学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。
その後、ゲーム開発会社を経て、広告制作プロダクションライター/ディレクターに。
独立後、有限会社std代表として、印刷メディア、ウェブメディアを問わず、
数多くのコンテンツ制作、企画に参加。
これまでに経営者やビジネスマン、アスリート、アーティストなど、延べ千人以上への取材実績を持つ。

ビジネスノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスX-bookを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。
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