経営コンサルティングから事業再生へ 〜第1回〜【後編】:「事業再生の現場」

知見・スキル
2015年11月05日

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ターンアラウンド・ノマドによる事業再生ストーリー第1回は、経営コンサルティングのキャリアからどのように事業再生へと踏み出したかについてです。

皆さんには「事業再生」という言葉の具体的なイメージにどんなものを抱いていらっしゃるでしょうか?一部の特殊な職種に就かれている方を除くと、イメージがしづらく、未知のところが大きいかと思います。

今回の連載では、まさに事業会社、戦略コンサルティングファームを経て事業再生に従事した専門家による「事業再生の現場」について振り返っていただきました。

前編では、事業会社からコンサルティングへと続くキャリアの入口と転機について取り上げました。
後編では、経営コンサルティングでの苦労の連続と現実、そしてプライベートエクイティファンドの投資先の事業再生へと続きます。



苦労と困惑を重ねた経営コンサルティング

私が働いたコンサルティング会社は二つあり、一つ目はIT系/業務系コンサルティング会社です。
ここで最初はいわゆるERPの導入コンサルティングを手掛けました。経営全体からするとずっと範囲は狭いですが、大企業の情報システム部門から出てきた身としては「大海」に出てきたような感覚でした。
それはERPがどうこうではなく、一つには全く知らない企業や業務に関与するという点、二つにはコンサルティングという立場にある点がポイントでした。

基本的に私は余り器用ではないようで、当初はこの二点がうまくはまらず、振り返ると「何であんなに苦労したのか」というくらい苦労しました。

特に二つ目のコンサルティングというソリューションを提供することの意味を根っこから理解するのに一年ぐらいかかったと思います。
自分ではなくお客様にやってもらう、そのために判断してもらう、そのために材料を提供するなどの一連の動作が分かっていなかったのでしょう。その一つの歯車が狂ったことで他のことまでおかしくなっていったと思います。プロジェクトのマネージャーに依頼された基礎的なことまで妙な対応をした記憶があります(後になって気付きました)。他のメンバーにも迷惑をかけたはずです。

それがいくつかのプロジェクトに関与するうちに立場や意味を分かり、徐々に慣れていきました。そう思えたのは一年後ぐらいです。あらかたの問題への対応も急に分かってくるものです。「何であのときにあんな対応をしてしまったのか」と思い返して恥ずかしくなることもありました。それぐらい、当初はチグハグだったわけです。



視野の広がりを実感。そして戦略コンサルティングへ

落ち着いてきたころ、大企業にいたときと全く「景色」が変わっていました。視野が広がったのです。苦労はしていましたが、毎日、視野が広がっている自覚はあったのです。知らないことを知り、世の中には色んな問題があることとそれに対する考え方や解法があることも知りました。何となく、一年間で視野が三倍ぐらいになったのではないかと感じていました。

そうやって慣れたら慣れたで、今度はERPや業務系のコンサルティングに留まっていることが、また不満に思えてきました。「こんなのシステムの問題ではない」とか「会計は大事だが、事業そのものではない」と感じるようになったのです。

このため、それまでいたIT系/業務系コンサルティング会社から、ベンチャーのインキュベーションと戦略コンサルティングを行う会社に転職を決めました。

ここでも最初の一年間は苦労の連続です。今度は、「経営のソリューション」や「戦略立案」のような抽象的で決まり切ったアプローチのない分野で、自分はいったい何をするべきなのか、という苦労です。

プロジェクトのマネージャーが言っていることの意味すら分からない。「問題の構造化」やら「論点」やら「仮説」やら、一通り勉強した中に出てきた言葉だけれども、何かが違う。経営的な分析の初歩も知らない。PLも読めたし、会計や財務の教科書にあるような見解ぐらいは出せるけれど、それだけではプロジェクトメンバーの誰も興味を示さない。

経営コンサルティングの新米どころか、人間として扱われないぐらいの雰囲気です。努力しても努力だけでは全く報われない。既に30歳、非常に苦しい最初の一年間を過ごしました。

ひたすら分析をして資料を作り、打合せに臨んで叩かれる、の毎日。こんな状態ではいつクビを切られても不思議ではない、とも思い続けていました。だから、ハードワークで知られるコンサルティングファームの中でも私は長い時間働き続けたのでしょう。あまりに必死だったので、私の在籍期間中は、私の労働時間が最長だったように思います。
しかし、それもやはり一年ぐらいで、前職と同様、一気に色々なものが見えてきたのです。



「経営」への渇望と経営コンサルティングの現実

そうなると色々なことに自信をもって取り組めるようになり、少しは仕事を楽しめるような余裕もできます。特に分析的な作業については好きなようで、慣れてからも長い時間を費やし、自分のウリにもしていきました。

ただ、こうなるとまたもや新たな不満が首をもたげます。
この会社でやりたかったベンチャーインキュベーションになかなか集中できない諸事情もありましたし、経営コンサルティングとは言っても、所詮まだ自分は経営実務に携わったわけではない、という点も焦りに繋がりました。「コンサルタントには経営の実態なんて分からない」という、少し斜めの意見をいただくこともありました。実際、コンサルタントはクライアント企業の組織運営に責任も権限も持つわけではありません。

こう思うと色んなことが気になってきます。新聞や雑誌での経営者の経験談や意見を読むと、以前より理解ができるだけに自分との距離を感じるようになりました。どうしたって決定的に私とは立場が違います。事業運営をしていませんから限界があります。「仕方ない」ということが発生してしまうのです。

自分が大企業在籍時に嫌った「仕方ない」という言葉は、レベルや視点は違っても、以前として自分に投げかけられ続けたのです。

そのコンサルティング会社を選んだのは、コンサルティングだけではなく投資を行って事業運営までも行っていく、ということでしたから、そこに携われない状態が続く以上、長く在籍する理由はありませんでした。なにしろ「経営」に関わらなければ始まらない、という思いでした。



事業再生への誘い。プライベートエクイティファンドの投資先へ

そんなときに、そのコンサルティング会社の同僚が転職先を探す中である製造業の事業再生案件にコンタクトし、一緒にやらないかと声をかけてくれました。建材業界の老舗企業で、どうも状態はボロボロなのですが、外資系企業を含めた金融機関が組成したプライベートエクイティファンドの投資先でした。

早速、ファンドがヘッドハンティングしたという新社長に同僚と会い、話を聞きました。一度の会話だけで財務諸表をみたわけでも、分析をしたわけでもありません。どういう状態かも詳細が分からないし、その新社長の力量もよく分かりません。それでも機会さえあれば、その当時の私にはどんな会社でも良かったのかも知れません。そう悩まずに、その再生企業で働くことに決めました。
これが私の事業再生業務の始まりです。



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専門家:坂本 純一郎
事業再生専門家。大手総合化学メーカーに新卒入社、IT系コンサルティングファーム、戦略系コンサルティングファームでコンサルタント職を経験。その後、建材業を皮切りに、大手小売業、フランチャイズ展開企業などPEファンド出資先の経営企画本部長、営業部長、人材開発本部、執行役員等を歴任し、合計10年の事業再生経験を積み重ねた。 現在は独立し、事業会社のコンサルティングや事業推進サポートを行っている。

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